安全性について

本項では一般家庭で使われている各薬剤がどのような安全性の試験を重ね、どのような法律の下で承認されているかについて触れ、家庭用殺虫剤の安全性について説明します。赤痢や日本脳炎など感染症の媒介者であったり、刺咬によって不快感を与える害虫を、殺虫剤を使って駆除はしたが、自分自身が殺虫剤の為に気分が悪くなったり医者に行ったりしたのでは何をしているかわかりません(表1)。

表1.害虫と病気の関係

対象害虫 病気
ハエ 赤痢、チフス、コレラ等
日本脳炎、マラリア、フィラリア、黄熱病等
ゴキブリ 赤痢、チフス、ペスト、ポリオ等
ノミ 赤痢、チフス、ペスト、ポリオ等
トコジラミ リンパ管炎、リンパ腺炎等
イエダニ 発疹熱、リケッチア痘瘡、ペスト等
屋内塵性ダニ 気管支ぜんそく等
マダニ 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)、日本紅斑熱、ライム病、Q熱、ダニ媒介脳炎等

ねずみ衛生害虫駆除ハンドブック(緒方、田中等;日本環境衛生センター ‘88) 等

殺虫剤の安全性とは一口に言って、「人には害を与えず虫には有効な殺虫剤をつくること」と言えます。即ち、極めて微量で害虫に有効であるが、通常の使用では人体に影響を及ぼさない薬剤を開発することから始まります。しかし、いくら影響がないと言っても薬剤に変わりはありません。たとえば、私達が薬局で容易に購入することが出来る内服薬でも、用法・用量の何倍も服用すれば安全とは言えないでしょう。殺虫剤も基本的には同様です。ハエ、蚊、ゴキブリ等を駆除する適量を使っている時は安全ですが、その何倍もの量を使用すれば問題が出てくる可能性もあります。

現在の科学は個々の殺虫剤について、或る範囲内で使用すれば有効且つ安全であると確認することが出来ます。例えば、人に対して急性毒性が弱いことは勿論ですが、慢性的な毒性も弱い、生まれてくる子供に影響がない、刺激性がない、アレルギー性がない等、それを確かめるためにいろいろな試験が重ねられます。そして各殺虫剤メーカーは安全性及び有効性を確認したうえで、医薬品あるいは医薬部外品として厚生労働省に製造販売承認の申請を行います。厚生労働省では薬事法に基づき審議会を開くなど専門的検討を加え、その効力と安全性が評価されることになりますが、日本の安全性評価基準は国際的にみてもかなり高い水準にあると言われています。従いまして、この審査を受け、承認を得た殺虫剤は適正に使えば安全性と効力が確保されていると考えて良いと言えます。

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医薬品医療機器等法に
基づく安全性評価

ハエ、蚊、ゴキブリ、ノミ、トコジラミ、イエダニ、屋内塵性ダニ、マダニ、シラミ等いわゆる衛生害虫を対象とした殺虫剤が医薬品あるいは医薬部外品として扱われますが、これら製品の販売を行うためには厚生労働省の製造販売承認が必要となります。表2に製造販売承認を申請する場合に提出する安全性の資料を示しました。この表に掲げたものは最低必要とされる試験で、薬剤の性質や使用条件によっては他の試験が必要とされる場合もあります。また表には記載されていませんが通常の経口毒性の他に、殺虫剤は吸入されるケースが多いことを想定し、急性吸入、4週間以上毎日連続吸入の毒性試験が要求されており、更に製品の剤型によっては実際に使用される場面における有効成分等の気中濃度測定が要求されます。これらのデータは殺虫剤の安全性評価の重要なポイントとなっています。このように有効成分と製剤品それぞれに多くの試験を重ね、すべてにパスしなければ製造販売承認が得られません。

表2.新殺虫剤の承認申請に際し
必要な安全性資料

新有効成分含有新殺虫剤
急性毒性、亜急性毒性
慢性毒性、催奇形性
その他の毒性に関する資料
  • •急性毒性に関する資料
  • •亜急性毒性    ”
  • •遺伝毒性     ”
  • •生殖に及ぼす影響 ”
  • •局所刺激性に   ”
  • •皮膚アレルギー性 ”
薬理作用に関する資料
  • •効力を裏付ける試験 ”(基礎)
  • 効力を裏付ける試験 ”(実施)
  • •一般薬理
吸収、分布、代謝、排泄
に関する資料
  • •吸収
  • •分布
  • •代謝
  • •排泄
その他の資料
  • •魚毒性
  • •実使用時の気中濃度 ”
急性毒性、亜急性毒性慢性毒性、催奇形性その他の毒性に関する資料 新有効成分含有
新殺虫剤
  • •急性毒性に関する資料
  • •亜急性毒性    ”
  • •遺伝毒性     ”
  • •生殖に及ぼす影響 ”
  • •局所刺激性に   ”
  • •皮膚アレルギー性 ”
薬理作用に関する資料 新有効成分含有
新殺虫剤
  • •効力を裏付ける試験 ”(基礎)
  • 効力を裏付ける試験 ”(実施)
  • •一般薬理
吸収、分布、代謝、排泄に関する資料 新有効成分含有
新殺虫剤
  • •吸収
  • •分布
  • •代謝
  • •排泄
その他の資料 新有効成分含有
新殺虫剤
  • •魚毒性
  • •実使用時の気中濃度 ”
  • ○:必要な資料
  • △:剤型によっては必要な資料
  • (なお、上記資料以外にも種々の安全性(毒性等)に関する資料が取得されています。)
  • (医薬品製造販売指針 2006 を参考)

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家庭用殺虫剤の安全性について

前述のように衛生害虫を対象とする家庭用殺虫剤には、医薬品と医薬部外品の2種類があります(表3)。どちらも家屋内外で使用されるものであり、人に接触する機会が多いこと、また専門家でない方が使用されるケースが多いことを考えると、特に安全性の高いものでなければなりません。従いまして、家庭用殺虫剤の製品開発に当っては、安全性確保に留意し、有効成分の性質、含有量及び使用法を研究し、次の各条件を念頭において製品化されています。

有効成分について
  • 1.有効性
  • 2.毒性の強さ
  • 3.毒性の性質
製剤品について
  • 1.有効性
  • 2.有効成分の性質と含有量
  • 3.使用方法、使用量
  • 4.毒性の強さ
  • 5.剤型(それぞれの用途に応じて誤飲、誤食、誤操作など事故につながらない工夫)

以上の条件を併せ検討する際に、屋内で人の居る状態で使用されることの多い蚊取線香、電気蚊取、エアゾール等の家庭用殺虫剤は、薬事法第2条に「人体に対する作用が緩和な物」と定義されている医薬部外品に相当する製品を企画することが、安全性の面からのぞましいと言えます。この結果、家庭用殺虫剤については医薬部外品の占める割合が増えており、表3に示すように分類されます。

表3.製剤による医薬品と医薬部外品

医薬部外品 家庭用:
  • 蚊取線香
  • 電気蚊取(マット式、液体式、ファン式)
  • エアゾール(有効成分がピレスロイド剤の場合)
  • 毒餌剤
  • ダニシート
  • 蚊用塗布型忌避剤
防疫用:
  • 油剤、乳剤、粉剤(有効成分がピレ
    スロイド剤の場合)
医薬品 家庭用:
  • くん煙・くん蒸剤
  • エアゾール剤
防疫用:
  • 油剤、乳剤、粉剤、粒剤
医薬部外品
  • 家庭用:蚊取線香
  • 電気蚊取(マット式、液体式、ファン式)
  • エアゾール(有効成分がピレスロイド剤の場合)
  • 毒餌剤
  • ダニシート
  • 蚊用塗布型忌避剤
  • 防疫用:油剤、乳剤、粉剤(有効成分がピレ
  • スロイド剤の場合)
医薬品
  • 家庭用:くん煙・くん蒸剤
  • エアゾール剤
  • 防疫用:油剤、乳剤、粉剤、粒剤

(注)乳剤、粉剤等は防疫用だけでなく小包装で家庭用にも使われる。

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用語解説

用法用量
例えば「1日3回毎食後に服用」などのように、その薬をどのように使うか(用法)、また、例えば「15歳以上は1回2錠」などのように、その薬をどれだけ使うか(用量)を定めたもの。
急性毒性
化学物質等を動物に1回または短時間に投与した場合の毒性を言い、通常はラットなどの実験動物を使って毒性の強さが調べられます。
医薬品、医薬部外品
薬事法において医薬品とは、「日本薬局方に収められている物」、「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされる物であって、機械器具類及び医薬部外品でないもの」、「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であって、機械器具類、医薬部外品及び化粧品でないもの」とされています。
医薬部外品については、「吐き気その他の不快感又は口臭若しくは体臭の防止」、「あせも、ただれ等の防止」、「脱毛の防止、育毛又は除毛」ならびに「人又は動物の保健のためにするねずみ、はえ、蚊、のみ等の駆除又は防止」を目的とされており、人体に対する作用が緩和な物であって機械器具類でないものとされています。また、最近は「これらに準ずる物で厚生労働大臣が指定するもの(ビタミン含有ドリンク剤や消毒剤など)」が加わりました。
製造販売承認
医薬品等を市場で販売するために必要な厚生労働省より出される承認で、製造販売承認を取得できるのは、製造販売業許可(許可を取得するには一定の条件を満たすことが必要)を持つ業者のみで、有効性や安全性などのデータを十分に審議された後に品目毎に出されます。
経口毒性
化学物質等を口から消化管経由で体内に取り込ました場合の毒性を指します。
急性吸入毒性
化学物質等をミストなどの状態で空気中に存在させ、呼吸器を通じて動物体内に取り込ませることによって発現する毒性で、急性の場合は数時間にわたって吸入させることにより評価を行います。
気中濃度測定
空気中に存在する化学物質等の濃度を測定すること。

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